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公園

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 途方に暮れる、という言葉を私は好いていた。津村信夫の「夕方、私は途方に暮れた」という詩の魅力だったかもしれない。
 しかし、それは身に沁みて体験したのは後年である。魅力どころではない。
 工場で払う給料が遅れてしまっていて、一部でも、きょう払うと、組合委員長と約束した。それも、永年の取引先の社長が、手形なら貸してやると、昨日、電話で承知してくれたからであった。
 銀行では間に合わぬので、そのころ麻薬のように利用しはじめていた町の高利の金融屋に、その手形をもって行くからと現金の手配を頼んで出かけてきたのだった。
 取引先を訪ねると、社長は留守だという。何時ころ帰るのかというと、九州へ出張、帰るのは三日先と秘書の女性がいうのに、私は不安になった。顔見知りの経理部長のところへ行って、昨日の電話での約束を話すと、そんな話はきいていませんよ、とにべもない口ぶりだった。
 ビルを出ると、すぐ工場へ電話して、何か連絡でもあったかきいてみると、何もないという。それより給料は大丈夫か、と委員長が何度もききにきているというので、ま、いま、交渉しているから、と電話をきった。
 こうなれば、在庫の不良の商品でも担保にして金を作ろうと思い、用意させてある金融屋に公衆電話をした。
 「手形をもってくるといったじゃないですか」
 「もって行きますが、相手に急用ができて二三日おくれるので、とりあえず商品をあずけておいて、と思うのですが」
 「話がちがうじゃないですか、商品なら品物をたしかめて、倉庫証券をつくって貰うなりしてのことになりますし、きょうのことになるわけないでしょう」
 そんなやりとりで、どうにもならなくなってしまった。一軒、契約のできかかった商社に電話して前途金をねだるにしても、そんなことをしては契約もつぶれてしまう。
 どうしよう、私は工場へは帰れず、かといって、不義理がかさなって助けを求めに行く当ても、もう思いつかない。私は道の真中に立ち止った。人々はみな歩いて行くので、いつまでも立ち止まっていては邪魔になる。道の端に寄ると、店先になり買物客に見られ、うろうろしていると不審がられる。
 仕方なく私は歩き出す。ショーウインドーを覗くふりをしてみる。どこか喫茶店に入って考えればいいのだが、コーヒー代の持ち合わせもない。電話の小銭がなくなってしまう。
 あるくうちに、ぼんやり人の立っているところがあった。バスの停留所だった。ここなら、立っていても怪しまれない。私は人々にまぎれて立ちつくしていた。立っていろいろ考えねばならない。
 バスがきて、客は乗って行ってしまった。私はひとり残って立ち、あたりを見ている風をする。
 工場へはどういって電話しよう。また、ひと騒ぎだ。おめおめ帰れない。しかし、帰らぬわけには行かぬ、今夜はまた徹夜の団交かと思う。
 下山国鉄総裁が、首切りの団交をひかえて、三越百貨店に入り、そのまま行方不明になった事件も、何となく、こんな気分だったのではないか、と思ったりする。
 いつまでも立っておれず、私はうつむいて歩き出した。大きな橋を渡った。ああ、公園がある。私はそこに、私の場所を見つけた気がした。
 都会のなかの公園は閑散としている。私は誰もいないベンチに腰を下ろした。
 工場では、いまかいまかと私の電話を待っているだろう。みんなの家庭では、父が、きょうは給料をもって帰ると胸ふくらませているだろう。どの面さげて、私は帰れるか。
 二つほど向うのベンチに一人、若い男が、カバンを手に腰かけて、じっとしている。セールスがうまく行かないので、会社にもどれないのではあるまいか。
 私はベンチに寝ころんだ。空は青かった。公園は、こころ痛める者のためにあるのだった。遠く、ゴーゴーと、自動車や電車の騒音が、潮騒のようにきこえてくる。




杉山平一 詩集/ぜぴゅろす


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梅田慈将

Author:梅田慈将
ただ生きているということは、生きる、ということではない。そのままそこで死んでいるような、つまらない男です。

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