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小学校の庭の片すみにプールがありました。

先生は泳ぐことを教えてくれました。
幼い仲間たちは互いに手を貸しました。
それはちいさな模型
足で歩くだけでは渡りきれない
暮らしの山河をひかえて。

こわがるのではない、と先生がいいました。
ひとりが進んでゆく
せばめられた水路の両わきに
立ち並んだ胸壁はただ優しくせまり
差しのべられた手は
あたたかいアーチをつくって導く
それほど友情と庇護に満ちた日にも
少女はくぐりぬけるのが精いっぱいで
堅く身構えることしかできませんでした。

思い出します。
はじめて水の冷たさを知ったときを。
どんなに教えられても
じょうずに泳ぐことのできなかった子は
苦い水をどっさり飲んで年をとりました。
くぐりぬけたさまざまなこと
試験、戦争、飢え、病気
どれひとつ足の立つ深さではなかったのを。

二十五メートルの壁に触れて背を起こすように
ようやくの思いで顔を上げれば
私の回りには日暮れだけが寄せていて
昔の友も
先生も
父母も
だれひとりおりませんでした。

小学校の庭の片すみにプールがあります。




石垣りん 詩集/「略歴」

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梅田慈将

Author:梅田慈将
ただ生きているということは、生きる、ということではない。そのままそこで死んでいるような、つまらない男です。

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