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 尼崎の本工場も立ち行かなくなり、全従業員は解散した。切り売りして、僅かに残った工場には、守衛の可愛がっていた一匹の犬だけが残った。もとは迷い込んできた雑種の野良犬だったが、さびしそうに私だけをたよりにしている様だった。弁当の残りをやって、いっしょに暮すことになってしまった。日に日に埃のつもってくる機械の隅で、この牝犬は八匹も仔を生んだりした。貼り紙をすると、子供がつぎつぎに貰いにきたりした。
 雲がジュラルミンのように光り出した秋の朝、工場へくると、向いの会社の守衛が、今朝、犬とりにとられましたよ、と告げてくれた。
 私は、何か負担をのがれたように、ホッとする気持だった。私とともに残っている父の社長にいうと、日頃、厳格冷静であるのに、何とかしてやりたい、といった。
 夕方近くになると、次第に、あの犬こそ、残ってくれているたった一人の従業員だった、という思いが、こみあげてきた。それは私のうちの、何かを救い出さねばならないことのような気がしてきた。
 翌日、とにかく、保健所へ尋ねてみることにした。千円以上の金がいるということだった。いまはそれも大変なことだった。
 もし居たら引取ろうと決心がつくと、気が軽くなった。私はたった一台の自転車にのって、保健所に行ってみた。
 三日間は保管してあるという。
 保健所の庭には、犬の霊魂碑というのが建ててあった。
 子供づれの若い母親が、やはり、犬を引取りにきていた。いっしょに、犬のいる部屋のドアをあけて入った。鉄格子のなかに数十匹の犬がいた。血走って異様に、ぎらぎらした目が、いっせいに私を射た。うらみと疲れとあきらめのそれらの光に、私は息をのんだ。格子は三つに区切られていて、今日、昨日、一昨日の分と、係の若い男が説明した。今日の檻の犬は、さかんに吠えるが、昨日、一昨日の犬は、吠えなかった。高価な犬が沢山いたが、どこを見ても、うちの犬は見当らなかった。やはり、とられたのではなかったか、とあきらめかけたとき、私の方にすり寄ってくる犬のうちに、見違えるように弱々しく私を見上げている彼女がいた。私が、おお、と声を出すと、捨てられたのではないと知ってか、彼女も吠え出した。これです、これです、というと、係の男がひき出してくれた。部屋を出ると、男は狂犬病の注射をし、私にひき渡してくれた。何やかやと書類を書き金を払っている私に、彼女はとびかかってはすがりついて、私はよろめいてばかりいた。
 庭へ出て、私が自転車に乗ると、犬はあとを小走りについてきた。町並をぬけると、自転車といっしょになって、犬は走り出した。コールタールをぬった黒い塀と、コンンクリートの白い塀にはさまれた人気のない工場街の道へ出ると、もう傍目もふらず、犬はまっしぐらに飛ぶようにはずんで、走り出した。私も、負けじと錆びた自転車のペダルを懸命に力一杯踏みつづけた。風は冷たかった。何処へ帰ろうとしているのか、何かから脱出しようとしているのか、ながい間、精魂を傾けつくしてついに全滅したかなしみが、急に私の胸にこみ上げてきた。とにかく、私と、犬は走った。ただ走りに走り続けた。




杉山平一 詩集/ぜぴゅろす


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遅刻者

遅刻者



飛行機や超特急で、ずいぶん時間が短縮されたのに、出発前一時間も前から出発点にきて待つている人があります

また発進の合図が終わつたころ、カタカタカタカタ音をさせて、いきせき切つて走つて乗り込む人があります

それからまた、出発したあとのガランとしたホームにとび込んできて、つつ立ち、ぼんやり時間表などを見あげて、ひとり言をいつている人があります
それが私です




杉山平一 詩集/声を限りに



プロフィール

梅田慈将

Author:梅田慈将
ただ生きているということは、生きる、ということではない。そのままそこで死んでいるような、つまらない男です。

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