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山之口貘君に

山之口貘君に



二人がのんだコーヒ茶碗が
小さな卓のうへにのせきれない。
友と、僕とは
その卓にむかひあふ。

友も、僕も、しやべらない。
人生について、詩について、
もうさんざん話したあとだ。
しやべることのつきせぬたのしさ。

夕だらうと夜更けだらうと
僕らは、一向かまはない。
友は壁の絵ビラをながめ
僕は旅のおもひにふける。

人が幸福とよべる時間は
こんなかんばしい空虚のことだ。
コーヒが肌から、シャツに
黄ろくしみでるといふ友は
『もう一杯づつ
熱いのをください』と
こつちをみてゐる娘さんに
二本の指を立ててみせた。




金子光晴 詩集/人間の悲劇

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ぎらりと光るダイヤのような日

ぎらりと光るダイヤのような日



短い生涯
とてもとても短い生涯
六十年か七十年の

お百姓はどれほど田植えをするのだろう
コックはパイをどれ位焼くのだろう
教師は同じことをどれ位しゃべるのだろう

子供たちは地球の住人になるために
文法や算数や魚の生態なんかを
しこたまつめこまれる

それから品種の改良や
りふじんな権力との闘いや
不正な裁判の攻撃や
泣きたいような雑用や
ばかな戦争の後始末をして
研究や精進や結婚などがあって
小さな赤ん坊が生まれたりすると
考えたりもっと違った自分になりたい
欲望などはもはや贅沢品になってしまう

世界に別れを告げる日に
ひとは一生をふりかえって
じぶんが本当に生きた日が
あまりにすくなかったことに驚くだろう

指折り数えるほどしかない
その日々の中の一つには
恋人との最初の一瞥の
するどい閃光などもまじっているだろう

<本当に生きた日>は人によって
たしかに違う
ぎらりと光るダイヤのような日は
銃殺の朝であったり
アトリエの夜であったり
果樹園のまひるであったり
未明のスクラムであったりするのだ




茨木のり子 詩集/「見えない配達夫」


惑星

惑星



ひとびとは やがて
ミルク珈琲色になるだろう
黒・白・黄が 烈しくまじり
煎れたての熱いミルク珈琲の色に

言葉は いつの日にか 世界に
共通のものを編みだすだろう
母国語はそれぞれの方言となって
野の花のように なつかしまれ

血は どれだけ流せばいいのか
流産はどれだけ繰返せばいいのか
ゆっくり 廻る さびしい 惑星

ばらばらなものを 一ツにしたい
何十億年も前からの 執念を軸に
猛烈な 癇癪玉まで 手に入れて




茨木のり子 未刊詩篇から


言いたくない言葉

言いたくない言葉



心の底に 強い圧力をかけて
蔵ってある言葉
声に出せば
文字に記せば
たちまちに色褪せるだろう

それによって
私が立つところのもの
それによって
私が生かしめられているところの思念

人に伝えようとすれば
あまりに平凡すぎて
けっして伝わってはゆかないだろう
その人の気圧のなかでしか
生きられぬ言葉もある

一本の蝋燭のように
熾烈に燃えろ 燃えつきろ
自分勝手に
誰の眼にもふれずに




茨木のり子 「詩論に代えて 詩三つ」



敵について

敵について



私の敵はどこにいるの?

  君の敵はそれです
  君の敵はあれです
  君の敵はまちがいなくこれです
  ぼくらの皆の敵はあなたの敵でもあるのです

ああその答のさわやかさ 明解さ

  あなたはまだわからないのですか
  あなたはまだ本当の生活者じゃない
  あなたは見れども見えずの口ですよ

あるいはそうかもしれない敵は・・・・・・

  敵は昔のように鎧かぶとで一騎
  おどり出てくるものじゃない
  現代では計算尺や高等数学やデータを
  駆使して算出されるものなのです

でもなんだかその敵は
私をふるいたたせない
組みついたらまたただのオトリだったりして
味方だったりして・・・・・・そんな心配が

  なまけもの
  なまけもの
  なまけもの
  君は生涯敵に会えない
  君は生涯生きることがない

いいえ私は探しているの 私の敵を

  敵は探すものじゃない
  ひしひしとぼくらを取りかこんでいるもの

いいえ私は待っているの 私の敵を

  敵は待つものじゃない
  日々にぼくらを侵すもの

いいえ邂逅の瞬間がある!
私の爪も歯も耳も手足も髪も逆だって
敵! と叫ぶことのできる
私の敵! と叫ぶことのできる
ひとつの出会いがきっと ある




茨木のり子 詩集/「見えない配達夫」

 

知らないことが

知らないことが



大学の階段教室で
ひとりの学生が口をひらく
ぱくりぱくりと鰐のようにひらく
意志とはなんのかかわりもなく

戦場である恐怖に出会ってから
この発作がはじまったのだ
電車のなかでも
銀杏の下でも
ところかまわず目をさます
錐体外路系統の疾患

学生は恥じてうつむき口を掩う
しかし 年若い友らにまじり
学ぶ姿勢をいささかも崩そうとはしない

ひとりの青年を切りさいてすぎたもの
それはどんな恐怖であったのか
ひとりの青年を起きあがらせたもの
それはどんな敬虔な願いであったのか

彼がうっすらと口をあけ
ささやかな眠りにはいったとき
できることなら ああそっと
彼の夢の中にしのびこんで
少し生意気な姉のように
”あなたを知らないでいてごめんなさい”と
静かに髪をなでていたい

精密な受信器はふえてゆくばかりなのに
世界のできごとは一日でわかるのに
”知らないことが多すぎる”と
あなたにだけは告げてみたい




茨木のり子 詩集/「対話」

プロフィール

梅田慈将

Author:梅田慈将
ただ生きているということは、生きる、ということではない。そのままそこで死んでいるような、つまらない男です。

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