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天国は高い

天国は高い



高い建物の上は夕陽をあびて
そこばかりが天国のつながりのように
金色に光つてゐる

街は夕暮れだ

妻よ――
私は満員電車のなかに居る




尾形亀之助 詩集/「色ガラスの街」(一九二五年)

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私は椅子に坐つてゐる

足は重くたれて
淋しくゐる

私は こうした私に反抗しない

私はよく晴れた春を窓から見てゐるのです




尾形亀之助 詩集/「色ガラスの街」(一九二五年)

彼は待つてゐる

彼はまつてゐる



彼は今日私を待つてゐる
今日は来る と思つてゐるのだが
私は今日彼のところへ行かれない

彼はコツプに砂糖を入れて
それに湯をさしてニユームのしやじでガジヤガジヤとかきまぜながら
細い眼にしはをよせて
コツプの中に薄く濁つた液体を透して空を見るのだ

新しい時計が二時半
彼の時計も二時半
彼と私は
そのうちに逢ふのです




尾形亀之助 詩集/「色ガラスの街」(一九二五年)

寂しすぎる

寂しすぎる



雨は私に降る――
私の胸の白い手の上に降る

×

私は薔薇を見かけて微笑する暗示をもつてゐない

正しい迷信もない
そして 寝床でうまい話ばかり考へてゐる




尾方亀之助 詩集/「色ガラスの街」(一九二五年)

煙草

煙草



私が煙草をすつてゐると
少女は けむいと云ひます




尾方亀之助 詩集/「色ガラスの街」(一九二五年)

夕方の三十分

夕方の三十分



コンロから御飯をおろす
卵を割ってかきまぜる
合間にウィスキーをひと口飲む
折紙で赤い鶴を折る
ネギを切る
一畳に足りない台所につっ立ったままで
夕方の三十分

僕は腕のいいコックで
酒飲みで
オトーチャマ
小さなユリの御機嫌とりまで
いっぺんにやらなきゃならん
半日他人の家で暮したので
小さなユリはいっぺんにいろんなことを言う

「ホンヨンデェ オトーチャマ」
「コノヒモホドイテェ オトーチャマ」
「ココハサミデキッテェ オトーチャマ」
卵焼きをかえそうと
一心不乱のところに
あわててユリが駆けこんでくる
「オシッコデルノー オトーチャマ」
だんだん僕は不機嫌になってくる

化学調味料をひとさじ
フライパンをゆすり
ウィスキーをがぶりとひと口
だんだん小さなユリも不機嫌になってくる
「ハヤクココキッテヨォ オトー」
「ハヤクー」

かんしゃくもちのおやじが怒鳴る
「自分でしなさい 自分でェ」
かんしゃくもちの娘がやりかえす
「ヨッパライ グズ ジジイ」
おやじが怒って娘のお尻をたたく
小さなユリが泣く
大きな大きな声で泣く

それから
やがて
しずかで美しい時間が
やってくる
おやじは素直にやさしくなる
小さなユリも素直にやさしくなる
食卓に向い合ってふたり坐る




黒田三郎/詩集「小さなユリと」(一九六〇年)

月給取り奴

月給取り奴



僕はこの道のしずかさにたえる
小さなユリを幼稚園に送った帰り
きょうも遅れて勤めに行く道
働きに行く者はとっくに行ってしまったあとの
ひっそりとしずかな住宅地の
薄紫のあじさいの咲いている道

家々の向こうのとおい彼方から
製材工場の機械のこのきしる音がきこえてくる
三年保育の小さなユリは
自分で靴を脱ぎ上履きにかえて
もう朝の唱歌のはじまっている教室へ上って行った
その小さなうしろ姿

あさっては妻が療養所へ行く日
小心で無能な月給取りの僕は
その妻をひとり家に残し
小さなユリを幼稚園へ送り
それからきょうも遅れて勤めに行く
働きに行く者は皆とっくに行ってしまったあとの
ひっそりとしずかな道を

バス道路へ出る角で
僕は言ってやる
「ぐずで能なしの月給取り奴!」
つぶやくことで
ひそかに僕は自分自身にたえる
きょうも遅れて勤めに行く自分自身にたえる




黒田三郎 詩集/「小さなユリと」(一九六〇年)

ただ過ぎ去るために

ただ過ぎ去るために



1

給料日を過ぎて
十日もすると
貧しい給料生活者の考えのことごとくは
次の給料日に集中してゆく
カレンダーの小ぎれいな紙を乱暴にめくりとる
あと十九日 あと十八日と
それを
ただめくりさえすれば
すべてがよくなるかのように

あれからもう十年になる!
引揚船の油塗れの甲板に
はだしで立ち
あかず水平線の雲をながめながら
僕は考えたものだった
「あと二週間もすれば
子どもの頃歩いた故郷の道を
もう一度歩くことができる」と

あれからもう一年になる!
雑木林の梢が青い芽をふく頃
左の肺を半分切り取られた僕は
病院のベッドの上で考えたものだった
「あと二ヶ月もすれば
草いきれにむせかえる裏山の小道を
もう一度自由に歩くことができる」と

歳月は
ただ
過ぎ去るために
あるかのように


お前は思い出さないか
あの五分間を
五分かっきりの
最後の
面会時間
言わねばならぬことは何ひとつ言えず
ポケットに手をつっ込んでは
また手を出し
取り返しのつかなくなるのを
ただ
そのことだけを
総身に感じながら
みすみす過ぎ去るに任せた
あの五分間を
粗末な板壁のさむざむとした木理
半ば開かれた小さなガラス窓
葉のないポプラの梢
その上に美しく
無意味に浮かんでいる白い雲
すべてが
平然と
無慈悲に
落ち着きはらっているなかで
そのとき
生暖かい風のように
時間がお前のなかを流れた

3

パチンコ屋の人混みのなかから
汚れた手をして
しずかな夜の町に出るとき
その生暖かい風が僕のなかを流れる

「過ぎ去ってしまってからでないと
それが何であるかわからない何か
それが何であったかわかったときには
もはや失われてしまった何か」

いや そうではない それだけでは
ない
「それが何であるかわかっていても
みすみす過ぎ去るに任せる外はない何か」

いや そうではない それだけでは
ない
「まだ来もしないうちから
それが何であるかわかっている何か」

4

小さな不安
指先にささったバラのトゲのように小さな
小さな不安
夜遅く自分の部屋に帰って来て
お前はつぶやく
「何ひとつ変わっていない
何ひとつ」

畳の上には
朝、でがけに脱ぎ捨てたシャツが
脱ぎ捨てたままの形で
食卓の上には
朝、食べ残したパンが
食べ残したままの形で
壁には
汚れた寝衣が醜くぶら下がっている

妻と子に
晴着を着せ
ささやかな土産をもたせ
何年ぶりかで故郷へ遊びにやって
三日目

5

お前には不意に明日が見える
明後日が・・・・・・・・・
十年先が
脱ぎ捨てられたシャツの形で
食べ残されたパンの形で

お前のささやかな家はまだ建たない
お前の妻の手は荒れたまま
お前の娘の学費は乏しいまま
小さな夢は小さな夢のままで
お前のなかに

そのままの形で
醜くぶら下がっている
色あせながら
半ばくずれかけながら・・・・・・・・・・・・

6

今日も
もっともらしい顔をしてお前は
通勤電車の座席に坐り
朝の新聞をひらく
「死の灰におののく日本国民」
お前もそのひとり
「政治的暴力に支配される民衆」
お前もそのひとり

「明日のことは誰にもわかりはしない」
お前を不安と恐怖のどん底につき落す
危険のまっただなかにいて
それでもお前は
何食わぬ顔をして新聞をとじる
名も知らぬ右や左の乗客と同じように

叫び声をあげる者はひとりもいない
他人に足をふまれるか
財布をスリにすられるか
しないかぎり たれも
もっともらしい顔をして
座席に坐っている
つり皮にぶら下がっている
新聞をひらく 新聞をよむ 新聞をとじる

7

生暖かい風のように流れるもの!

閉ざされた心の空部屋のなかで
それは限りなくひろがってゆく

言わねばならぬことは何ひとつ言えず
みすみす過ぎ去るに任せた
あの五分間!

五分は一時間となり
一日となりひと月となり
一年となり
限りなくそれはひろがってゆく

みすみす過ぎ去るに任せられている
途方もなく重大な何か
何か

僕の眼に大映しになってせまってくる
汚れた寝衣
壁に醜くぶら下がっているもの
僕が脱ぎ 僕がまた身にまとうもの




黒田三郎 詩集/「渇いた心」(一九五七年)

物質

物質



悲しみはかたい物質だ
そのひびきを呼びさますため
かならず石斧でうて
その厚みは手づかみでとらえ
遠雷のようにひびくものへ
はるかにその
重みを移せ
悲しみはかたい物質だ
剛直な肩だけが
その重さに拮抗する
拮抗せよ
絶えず拮抗することが
素手で悲しみを
受けとめる途だ




石原吉郎 詩集/「斧の思想」


一九四九年 パム



ここに来てわれさびし
われまたさびし
われもまたさびし
風よ脊柱をめぐれ
雲よ頭蓋にとどまれ
ここに来てわれさびし
さびしともさびし
われ生くるゆえに




石原吉郎 初期未刊詩篇





それでもまだ信じていた。
戦いが終わったあとも。
役所を
公団を
銀行を
私たちの国を。

あくどい家主でも
高利貸でも
詐欺師でも
ない。
おおやけ
というひとつの人格を。

「信じていました」
とひとこといって
立ち上がる。
もういいのです、
私がおろかだったのですから。




石垣りん 詩集/「略歴」





小学校の庭の片すみにプールがありました。

先生は泳ぐことを教えてくれました。
幼い仲間たちは互いに手を貸しました。
それはちいさな模型
足で歩くだけでは渡りきれない
暮らしの山河をひかえて。

こわがるのではない、と先生がいいました。
ひとりが進んでゆく
せばめられた水路の両わきに
立ち並んだ胸壁はただ優しくせまり
差しのべられた手は
あたたかいアーチをつくって導く
それほど友情と庇護に満ちた日にも
少女はくぐりぬけるのが精いっぱいで
堅く身構えることしかできませんでした。

思い出します。
はじめて水の冷たさを知ったときを。
どんなに教えられても
じょうずに泳ぐことのできなかった子は
苦い水をどっさり飲んで年をとりました。
くぐりぬけたさまざまなこと
試験、戦争、飢え、病気
どれひとつ足の立つ深さではなかったのを。

二十五メートルの壁に触れて背を起こすように
ようやくの思いで顔を上げれば
私の回りには日暮れだけが寄せていて
昔の友も
先生も
父母も
だれひとりおりませんでした。

小学校の庭の片すみにプールがあります。




石垣りん 詩集/「略歴」

着物

着物



犬に着物をきせるのは
よいことではありません。

犬に着物をきせるのは
わるいことでもありません。

犬に着物をきせるのは
さしあたってコッケイです。

人間が着物を着ることは
コッケイではありません。

古い習慣
古い歴史

人間が犬に着物をきせたとき
はじめて着物が見えてくる
着せきれない部分が見えてくる。

からだに合わせてこしらえた
合わせきれない獣のつじつま。

そのオカシサの首に鎖をつけて
気どりながら
引かれてゆくのは人間です。




石垣りん 詩集/「略歴」

まこちゃんが死んだ日

まこちゃんが死んだ日



まこちゃんが 死んだ日
わたしは ごはんたべた

まこちゃんが 死んだ日
わたしは うちをでた

まこちゃんが 死んだ日
そらは 晴れていた

まこちゃんが 死んだ日
みんなで あつまった

まこちゃんが 死んだ日
夜は いつもの通り

まこちゃんが 死んだ日
では さようなら




石垣りん 詩集/「略歴」

神楽坂

神楽坂



いつか出版クラブの帰りみち
飯田橋駅へ向かって
ひとりで坂を下りてゆくと。
先を歩いていた山之口貘さんが
立ち止まった。
貘さんは
背中で私を見ていたらしい。
不思議にやさしい
大きな目の人が立ちはだかり
あのアタリに、と小路の奥を指さした。
「ヘンミユウキチが住んでいました」
ひとこというとあとの記憶が立ち消えだ。
私は「このアタリに」と指さしてみる。
山之口貘さんが立っていた、と。




石垣りん 詩集/「略歴」

定年

定年



ある日
会社がいった。
「あしたからこなくていいよ」

人間は黙っていた。
人間には人間のことばしかなかったから。

会社の耳には
会社のことばしか通じなかったから。

人間はつぶやいた。
「そんなこといって!
もう四十年も働いて来たんですよ」

人間の耳は
会社のことばをよく聞き分けてきたから。
会社が次にいうことばを知っていたから。

「あきらめるしかないな」
人間はボソボソつぶやいた。

たしかに
はいった時から
相手は会社、だった。
人間なんていやしなかった。




石垣りん 詩集/「略歴」

夏の本

夏の本



夏が
一冊の書物のように
厚みをおびてきた。

一年が
一枚の紙のように
薄くなってきた。

去年咲いたおしろい花が
同じ場所にことしも咲きそろっている
同じ色で。

時は過ぎ去ることなく
本のページを繰るのに似て
ただ重なる。

そうして物語は
終わりに近づくのであろうか。

私は背中のあたりに
大きな手のひらを感じる。
なぜなら
私の一日はいつも前のほうで
ふしぎに開かれていたから。




石垣りん 詩集/「略歴」

儀式

儀式



母親は
白い割烹着の紐をうしろで結び
板敷の台所におりて
流しの前に娘を連れてゆくがいい。

洗い桶に
木の香のする新しいまないたを渡し
鰹でも
鯛でも
鰈でも
よい。
丸ごと一匹の姿をのせ
よく研いだ庖丁をしっかり握りしめて
力を手もとに集め
頭をブスリと落とすことから
教えなければならない。
その骨の手応えを
血のぬめりを
成長した女に伝えるのが母の役目だ。

パッケージされた肉の片々を材料と呼び
料理は愛情です、
などとやさしく諭すまえに。
長い間
私たちがどうやって生きてきたか。
どうやってこれから生きてゆくか。




石垣りん 詩集/「略暦」

洗たく物

洗たく物



私どもは身につけたものを
洗っては干し
洗っては干しました。
そして少しでも身ぎれいに暮らそうといたします。
ということは
どうしようもなくまわりを汚してしまう
生きているいのちの罪業のようなものを
すすぎ、乾かし、折りたたんでは
取り出すことでした。
雨の晴れ間に
白いものがひるがえっています。
あれはおこないです。
ごく日常的なことです。
あの旗の下にニンゲンという国があります。
弱い小さい国です。




石垣りん 詩集/「略歴」





レストランの片隅で
ひっそりとひとりで
食事をしていると
ふいにわけもなく
涙があふれることがある
なぜあふれるのか
たぶん食べるそのことが
むなしいのだ
なぜ「私が」食べなければ
いけないのか
その理由が ふいに
私にはわからなくなるのだ
分からないという
ただそのことのために
涙がふいにあふれるのだ




石原吉郎 詩集/「満月をしも」

プロフィール

梅田慈将

Author:梅田慈将
ただ生きているということは、生きる、ということではない。そのままそこで死んでいるような、つまらない男です。

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