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挨拶

挨拶



同じ職場に十年一緒の同僚。
これから先 三十年
一緒にいるだろう同僚。

にがいパンを購うために
ひとつところに集まってきた
せわしく淋しい蟻たちのような。

いつも
視線をまじえない お早う。
いつも
足早に追い越してゆく さよなら。

そうして 時に
こらえきれない吐息のような
挨拶

       なにか面白いことは
       ありませんか 面白
       いことは

誰も苦しみをかくしている。
誰も互いの苦しみに手を触れようとせず
誰も互いの苦しみに手を貸そうとしない。
そうして 時に
苦しみが寄り合おうとする。
       なにか
       なにか面白いことは
       ありませんか

面白い話が尽きて
一人去り
二人去り
最後に 話し手だけが黙って
ストーブに残っていたりする。

労働組合の議会で議長をやったとき
発言の少ないのに腹を立てて みんなを
一層黙らせたことがあった。
あの時も淋しかった。言葉不足な苦しみたちが黙っていたのだ。
ひとの前では言えないことで頭がいっぱいだったのだ。
――そいつをなんとか話し合おう――
と若い議長がいきりたったのだ あのとき。

不器用な苦しみたちは
いつも黙っている。
でなければ しゃべっている。
なんとか自分で笑おうとしている。
ひとを笑わそうとしている。
そうして
どこにも笑いはない。
そうして
       なにか面白いことは
       ありませんか

パチンコに走る指たちを責めるな。
麻雀を囲む膝たちを責めるな。
水のない多忙な苦役の谷間に
われを忘れようとする苦しみたちをも
責めるな。

これら 苦しみたちの洩らす
吐息のような挨拶を責めるな。

それら
どこからともなく洩れてくる
挨拶
       なにか面白いことは
       ありませんか

       なにか




吉野弘 詩集/「消息」 


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burst

burst
花ひらく



事務は 少しの誤りも停滞もなく 塵もたまらず ひそやかに 進行しつづけた。

  三十年。

  永年勤続表彰式の席上。

雇主の長々しい讃辞を受けていた 従業員の中の一人が 蒼白な顔で 突然 叫んだ。

――諸君
   魂のはなしをしましょう
   魂のはなしを!
   なんという長い間
   ぼくらは 魂のはなしをしなかったんだろう――

 同輩たちの困惑の足元に どっとばかり彼は倒れた。つめたい汗をふいて。

 発狂
 花ひらく。

――又しても 同じ夢。




吉野弘 詩集/「消息」


 

君も

君も



僕と同じように 君も
ささやかな朝の食事のあと
鏡にうつしたワイシャツ姿の首を
ネクタイで締め上げ
苦悩の人が死ぬのを見届けてから
此処へ来たのだろうか。
みがかれた靴をはき
家族とさよならをして。

朝のひととき
机に積み上げた書類の山を前に
一服の煙草を
うまそうに吸っている
親しい友
かすかに不敵な横顔。

だが いつまで持ちこたえるだろう
苦悩の人を殺しまた蘇らせるくりかえしを。

蘇りのときの
次第に稀になってゆく焦燥の中で
ぼんやりと

ラジオ番組の全部を
聞き終えてしまうことはないか
僕と同じように
君も。




吉野弘 詩集/「消息」

陽を浴びて

陽をあびて



冬の朝
通勤時間帯を過ぎた郊外電車の駅
人影まばらな長いホームの
屋根のないところで
やわらかな陽を浴び
私は電車を待っていた

ひととき
食と性とにかかわりのない時間
消費も生産もせず
何ものかに軽く突き放されていた時間

何ものか
私を遥かな過去から今に送り出してきたもの
無機質から生命への長い道程
生命の維持のための執拗な営み
信じがたいほど緻密で
ひたむきでひたすらであった筈の意志

その意志の檻に収監されたまま
私は、そのとき
ひたむきでもなく
ひたすらでもなく
食と性との軛を思い
ぼんやり
冬の陽を浴びていた
逸脱など許す筈のない意志が
見てみぬふりをしているらしい、ほんのひととき
あり余るやわらかな光を
私は私自身に、存分に振舞っていた
ホームで
電車を待ちながら




吉野弘/詩集「陽を浴びて」

四つ葉のクローバー

四つ葉のクローバー



クローバーの野に坐ると
幸福のシンボルと呼ばれているものを私も探しにかかる
座興以上ではないにしても
目にとまれば、好ましいシンボルを見捨てることはない

四つ葉は奇形と知ってはいても
ありふれて手に入りやすいものより
多くの人にゆきわたらぬ稀なものを幸福に見立てる
その比喩を、誰も嗤うことはできない

若い頃、心に刻んだ三木清の言葉
<幸福の要求ほど良心的なものがあるであろうか>
を私はなつかしく思い出す

なつかしく思い出す一方で
ありふれた三つ葉であることに耐え切れぬ我々自身が
何程か奇形ではあるまいかとひそかに思うのは何故か




吉野弘 詩集/「陽を浴びて」


夕方かけて

夕方かけて



「定期持ってると、お金はらわなくてもいいの?」
ある日の夕方
TBSラジオの『全国こども電話相談室』に
小学一年生の男の子が質問している

回答者の一人が定期券の仕組みを丁寧に説明し
子供にたずねた
「定期って、タダで乗れる券だと思ってた?」
「うん」と子供
「やっぱりそうか、でも、今度はわかったね」
「わかった、アリガトゴザイマシタッ」

聞いていて、私は笑い、少し涙が出る
なんでも質問し、なんでも答えてもらった幼年時の
明るい日々が、今は遥かに私から遠い

誰にも質問しない多くのことが、私にはあり
どうにもなることではないから
鼻歌をうたいながら台所に行き
やおら、ビールの栓を抜く
夕方かけての習慣なので――




吉野弘 詩集/「陽を浴びて」

最も鈍い者が

最も鈍い者が



言葉の息遣いに最も鈍い者が
詩歌の道を朗らかに怖さ知らずで歩んできた
と思う日

人を教える難しさに最も鈍い者が
人を教える情熱に取り憑かれるのではあるまいか

人の暗がりに最も鈍い者が
人を救いたいと切望するのではあるまいか

それぞれの分野の核心に最も鈍い者が
それぞれの分野で生涯を賭けるのではあるまいか

言葉の道に行き昏れた者が
己にかかわりのない人にまで
言いがかりをつける寒い日




吉野弘 詩集/「自然渋滞」

六体の石の御仏

六体の石の御仏



さる人の耐えがたき痛みを
一の石の仏 預かり給う。
一の仏の耐え給う痛みを
二の石の仏 預かり給う。
痛み 白き火の玉なして
二の仏より三の仏へ移り
六体の石の仏を転々と経めぐり
再び
一の仏より六の仏へと経めぐり
斯くて次第に衰えて消ゆ。
そのさま 異なり。
されど
仏に痛みを託して立ち去りし人
そのさまを知らず。




吉野弘 詩集/「感傷旅行」

伝道

伝道



若い娘が
わが家の鉄の扉を叩き
神についての福音の書を読めという

勇気をふるい、私は素っ気なく答える
買っても読まないでしょうし
折角ですが――

微笑んだ娘のまっすぐな眼差しに会って
私のほうが眼を伏せる
申訳ないが――そう言って私は扉を閉じる

神を、私も知らぬわけではない
神をなつかしんでいるのは
娘さん、君より私のほうだ

けれど、どうして君は
こんな汚濁の世で
美しすぎる神を人に引合せようというのだ

拒まれながら次々に戸を叩いてゆく
剛直な娘に
なぜか私は、腹立たしさを覚える

私なら
神を信じても
人に、神を信ぜよとは言わない

娘さん
どうして、君は、微笑んで
世の中を、人を、まっすぐ見つめるのだ

ここは重い鉄の扉ばかりの団地だ
君は、どの扉へも
神をしのびこませることができなかったろう

君は、眼の前で
次々に閉じられる重い鉄の扉を
黙って見ていなければならなかったろう

娘さん、私は神が必要なのに
私は言った
買っても読まないでしょうと




吉野弘 詩集/「感傷旅行」





日々を過ごす
日々を綾過つ
二つは
一つことか
生きることは
そのまま過ちであるかもしれない日々
「いかが、お過ごしですか」と
はがきの初めに書いて
落ちつかない気分になる
「あなたはどんな過ちをしていますか」と
問い合わせでもするようで――




吉野弘 詩集/北入曾

プロフィール

梅田慈将

Author:梅田慈将
ただ生きているということは、生きる、ということではない。そのままそこで死んでいるような、つまらない男です。

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