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それでもまだ信じていた。
戦いが終わったあとも。
役所を
公団を
銀行を
私たちの国を。

あくどい家主でも
高利貸でも
詐欺師でも
ない。
おおやけ
というひとつの人格を。

「信じていました」
とひとこといって
立ち上がる。
もういいのです、
私がおろかだったのですから。




石垣りん 詩集/「略歴」

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小学校の庭の片すみにプールがありました。

先生は泳ぐことを教えてくれました。
幼い仲間たちは互いに手を貸しました。
それはちいさな模型
足で歩くだけでは渡りきれない
暮らしの山河をひかえて。

こわがるのではない、と先生がいいました。
ひとりが進んでゆく
せばめられた水路の両わきに
立ち並んだ胸壁はただ優しくせまり
差しのべられた手は
あたたかいアーチをつくって導く
それほど友情と庇護に満ちた日にも
少女はくぐりぬけるのが精いっぱいで
堅く身構えることしかできませんでした。

思い出します。
はじめて水の冷たさを知ったときを。
どんなに教えられても
じょうずに泳ぐことのできなかった子は
苦い水をどっさり飲んで年をとりました。
くぐりぬけたさまざまなこと
試験、戦争、飢え、病気
どれひとつ足の立つ深さではなかったのを。

二十五メートルの壁に触れて背を起こすように
ようやくの思いで顔を上げれば
私の回りには日暮れだけが寄せていて
昔の友も
先生も
父母も
だれひとりおりませんでした。

小学校の庭の片すみにプールがあります。




石垣りん 詩集/「略歴」

着物

着物



犬に着物をきせるのは
よいことではありません。

犬に着物をきせるのは
わるいことでもありません。

犬に着物をきせるのは
さしあたってコッケイです。

人間が着物を着ることは
コッケイではありません。

古い習慣
古い歴史

人間が犬に着物をきせたとき
はじめて着物が見えてくる
着せきれない部分が見えてくる。

からだに合わせてこしらえた
合わせきれない獣のつじつま。

そのオカシサの首に鎖をつけて
気どりながら
引かれてゆくのは人間です。




石垣りん 詩集/「略歴」

まこちゃんが死んだ日

まこちゃんが死んだ日



まこちゃんが 死んだ日
わたしは ごはんたべた

まこちゃんが 死んだ日
わたしは うちをでた

まこちゃんが 死んだ日
そらは 晴れていた

まこちゃんが 死んだ日
みんなで あつまった

まこちゃんが 死んだ日
夜は いつもの通り

まこちゃんが 死んだ日
では さようなら




石垣りん 詩集/「略歴」

神楽坂

神楽坂



いつか出版クラブの帰りみち
飯田橋駅へ向かって
ひとりで坂を下りてゆくと。
先を歩いていた山之口貘さんが
立ち止まった。
貘さんは
背中で私を見ていたらしい。
不思議にやさしい
大きな目の人が立ちはだかり
あのアタリに、と小路の奥を指さした。
「ヘンミユウキチが住んでいました」
ひとこというとあとの記憶が立ち消えだ。
私は「このアタリに」と指さしてみる。
山之口貘さんが立っていた、と。




石垣りん 詩集/「略歴」

定年

定年



ある日
会社がいった。
「あしたからこなくていいよ」

人間は黙っていた。
人間には人間のことばしかなかったから。

会社の耳には
会社のことばしか通じなかったから。

人間はつぶやいた。
「そんなこといって!
もう四十年も働いて来たんですよ」

人間の耳は
会社のことばをよく聞き分けてきたから。
会社が次にいうことばを知っていたから。

「あきらめるしかないな」
人間はボソボソつぶやいた。

たしかに
はいった時から
相手は会社、だった。
人間なんていやしなかった。




石垣りん 詩集/「略歴」

夏の本

夏の本



夏が
一冊の書物のように
厚みをおびてきた。

一年が
一枚の紙のように
薄くなってきた。

去年咲いたおしろい花が
同じ場所にことしも咲きそろっている
同じ色で。

時は過ぎ去ることなく
本のページを繰るのに似て
ただ重なる。

そうして物語は
終わりに近づくのであろうか。

私は背中のあたりに
大きな手のひらを感じる。
なぜなら
私の一日はいつも前のほうで
ふしぎに開かれていたから。




石垣りん 詩集/「略歴」

儀式

儀式



母親は
白い割烹着の紐をうしろで結び
板敷の台所におりて
流しの前に娘を連れてゆくがいい。

洗い桶に
木の香のする新しいまないたを渡し
鰹でも
鯛でも
鰈でも
よい。
丸ごと一匹の姿をのせ
よく研いだ庖丁をしっかり握りしめて
力を手もとに集め
頭をブスリと落とすことから
教えなければならない。
その骨の手応えを
血のぬめりを
成長した女に伝えるのが母の役目だ。

パッケージされた肉の片々を材料と呼び
料理は愛情です、
などとやさしく諭すまえに。
長い間
私たちがどうやって生きてきたか。
どうやってこれから生きてゆくか。




石垣りん 詩集/「略暦」

洗たく物

洗たく物



私どもは身につけたものを
洗っては干し
洗っては干しました。
そして少しでも身ぎれいに暮らそうといたします。
ということは
どうしようもなくまわりを汚してしまう
生きているいのちの罪業のようなものを
すすぎ、乾かし、折りたたんでは
取り出すことでした。
雨の晴れ間に
白いものがひるがえっています。
あれはおこないです。
ごく日常的なことです。
あの旗の下にニンゲンという国があります。
弱い小さい国です。




石垣りん 詩集/「略歴」

土地・家屋

土地・家屋



ひとつの場所に
一枚の紙を敷いた。

ケンリの上に家を建てた。

時は風のように吹きすぎ
地球は絶え間なく回転しつづけた。

不動産という名称はいい、

「手に入れました」
という表現も悪くない。

隣人はにっこり笑い
手の中の扉を押してはいって行った。

それっきりだった
あかるい灯がともり
夜更けて消えた。

ほんとうに不動なものが
彼らを迎え入れたのだ。

どんなに安心したことだろう。




石垣りん 詩集「表札など」

唱歌

唱歌



みえない、朝と夜がこんなに早く入れ替わるのに。
みえない、父と母が死んでみせてくれたのに。

みえない、
私にはそこの所がみえない。
                  (くりかえし)




石垣りん 詩集/「表札など」

三十の抄

三十の抄



牛蒡はサクサクと身をそぎ
水にひたってあくを落す

ほうれん草は茹でこぼされ
あさりは刃物にふれて砂を吐く

私はどうすれば良い
ひたひたと涙にぬらし
笑いにふきこぼし
戦火をくぐらせ
人の真情に培って三十年

万人美しく、素直に生きるを
このアクの強さ
己がみにくさを抜くすべを知らず
三十年

俗に「食えぬ」という
まことに食えぬ人間
この不味きいのちひとつ
ひとにすすむべくもなき
いのちひとつ

齢三十とあれば
くるしみも三十
悲しみも三十

しかもなおその甲斐なく
世に愚かなれば
心まずしければ
魂は身を焦がして
滅ぼさんばかりの三十。




石垣りん 詩集/「私の前にある鍋とお釜と燃える火と」

表札

表札



自分の住むところには
自分で表札を出すにかぎる。

自分の寝泊りする場所に
他人がかけてくれる表札は
いつもろくなことはない。

病院へ入院したら
病室の名札には石垣りん様と
様が付いた。

旅館に泊まっても
部屋の外に名前はないが
やがて焼場の鑵にはいると
とじた扉の上に
石垣りん殿と札が下がるだろう
そのとき私がこばめるか

様も
殿も
付いてはいけない、

自分の住む所には
自分の手で表札をかけるに限る。

精神の在り場所も
ハタから表札をかけられてはならない
石垣りん
それでよい。




石垣りん 詩集/「表札など」

落花

落花



日曜日の朝の新聞からは
大売出しのチラシ広告が十枚ほども
落ちてくる。

デフレの枝から舞い降りる
この薄っぺらい花びら
鼻にあてると中小企業者の血の匂いがする。

さくら、さくら
散るのが美しいとほめ讃えた国に
おちるがいい
花びら

いのち
死の灰

しかし手には利益が残らなければならないのだ
それがこんにちの商売というものである。

福引券進呈!
十ヶ月月賦大奉仕!
感謝大売出し!

待った、
これが感謝か
追い詰められた人間のする
何というかけ引きいっぱいの感謝、
美しかった言葉の
おちぶれ果てた姿をとっくりと見よう。

それからチラシを裏返す
裏に下手な文句を書き
父母姉弟がひとつ家にかさなって
辞典のように重たくなった私の暮らしにさしはさみ
思い出のしおりにしようというものだ。




石垣りん 詩集/「私の前にある鍋とお釜と燃える火と」

挨拶

挨拶
原爆の写真によせて



あ、
この焼けただれた顔は
一九四五年八月六日
その時広島にいた人
二五万の焼けただれのひとつ

すでに此の世にないもの

とはいえ
友よ
向き合った互の顔を
も一度見直そう
戦火の跡もとどめぬ
すこやかな今日の顔
すがすがしい朝の顔を

その顔の中に明日の表情をさがすとき
私はりつぜんとするのだ

地球が原爆を数百個所持して
生と死のきわどい淵を歩くとき
なぜそんなにも安らかに
あなたは美しいのか

しずかに耳を澄ませ
何かが近づいてきはしないか
見きわめなければならないものは目の前に
えり分けなければならないものは
手の中にある
午前八時一五分は
毎朝やってくる

一九四五年八月六日の朝
一瞬にして死んだ二五万人のすべて
いま在る
あなたの如く 私の如く
やすらかに 美しく 油断していた。   (一九五二・八)



石垣りん 詩集/私の前にある鍋とお釜と燃える火と


プロフィール

梅田慈将

Author:梅田慈将
ただ生きているということは、生きる、ということではない。そのままそこで死んでいるような、つまらない男です。

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