スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

子守唄

子守唄



南方というのが
マカッサルだか、ニューギニアのどこだか。

赤道よりもむこう。
茫漠の彼方で
熱病と飢餓にやせおとろえ。

血あぶらに草も枯れ
飢にかわき
腐らんした死体のあいだを這いまわっている。

その子に、夏ミカンを運ぶ夢をみたという。
やせ細った腕の
折れてしまいそうな白さ。

七年の歳月をこえて
確認されることのない、
しかし生きているよすがもない。

冬の二月の夕ぐれの明るむ部屋に
熱のある孫に添い寝して
「銀座のカンカン娘」をうたう。

まったくの絶望のなかに
飢えて死んだ子の、母の、
老母がうたうジャズの子守唄。
               (1950)




秋山清 未刊詩集/菊科の雑草

スポンサーサイト

狛犬

狛犬



御影石の鳥居の下から
石の段々を四つ五つのぼると
からかねの狛犬がにらみあっている。
社殿の焼けたあとは
雑草のなかにケヤキとエノキのひこばえが
敷石をうずめている。
ありし日のものものしさにも似ず
そこは意外にせまく。
集まってきて日ノ丸の旗をふり
万才、万才と送り出したことを誰が思い出すか。
うっそうと茂っていた老木たちも
火に焦げ、伐り倒されて、薪になった。
のこっている石の鳥居と
おどけているみたいな狛犬だけでは、
神様の跡ともおもえない。
背丈ほどのびた麦畑のうえを風が吹きぬける。
なんという五月のあかるさだ。
                  (1947)



秋山清 未刊詩集/菊科の雑草

あくびの子ども

あくびの子ども



だまって
通る人を
見あげ見おくっている。
この六つくらいの子どもを
ぼくは自分の幼い子とくらべた。
しろい肩がみえ
メリヤスのシャツがやぶれている。
板きれをしいて
ズボンに下駄ばきのひざをだき、
ちいさな紙箱と
横にボール紙に
「私ノ父ハ軍属トナッテ――」と、六、七行かいてある。
止まる人も
読む人もない。
地下鉄からでてくる段々の中途で
人の足をとめるにはわるい場所だ。
いま出てきた人が
ひととおり途だえたとき。
両手をつきあげて
子どもは大きなあくびをして
ちょうどふりかえったぼくをみて、にこっとした。




秋山清 詩集/象のはなし

伊藤悦太郎

伊藤悦太郎



昭和十九年七月
伊藤悦太郎は応召した。
やがて生まれる私の子供へ祝福の言葉を残して。

感傷の胸襟をひらかず
儀礼のかけらもなく
毒舌をかわして十余年。

妻子をいつくしみ
書物をよみ
言辞すくなきにあらず
多きにもあらず。
かつて悲歎をみせず
世の思潮流行に赴かず。
下層に生きて時に慷慨すれど
爽涼、市井野人の風格を失わぬ。

風のたよりにきく
いま、比島にあると。

レイテ、ミンドロの敵上陸。
スール海、リンガエン沖の機動艦隊。
せまる決戦のときをまって
彼は何をしているだろう。

夜々の警報下、満点の星ぞらに
目を放てば
オリオンは西にかたむき
思いをはるかにする。
             (昭和二十年)



秋山清 詩集/白い花

送行

送行



安田末吉は三十五才。
株屋の店員から
徴用工―応召。
この飛躍は
米軍マーシャルに迫る
緊迫と軌を同じうする。
ゆく者は生還を期すにあらず。
しかも送行三十里の車中は
なごやかな談笑にすぎた。

暮れなずむ印旛沼は
しろく冬ぞらをうつし
兵舎町の駅のホームに立って
君は手をあげた。

君をおいてわれわれは走り去った。
松山や
麦畑や
なだらかな丘の勾配や
雑木林や
冬枯れ乾いた風景を送って
電車は灯のない東京の街にかえった。

家のなかはひっそりとした団欒であった。
母と妻と七才の娘と
明日からこのさびしさに親しむだろう。
               (昭和十九年)




秋山清 詩集/白い花

拍手

拍手
――ニュース第一七三号



空母ホーネットの甲板に
対空砲とどろき。
曳光弾飛ぶ彼方
海面すれすれに
電撃機が殺到する。
弾幕の
炸裂を
間髪に制し
決死の生命が
機を操縦してせまる。
私の目は
その瞬刻をみつめた。
突如館内はそうぜんたる賞讃の拍手に湧いた。
私は目をとじた。

注 ニュース第一七三号は米空母ホーネットの艦上から米軍が写
   したもの、同艦の拿捕により、ニュースとして上映された。
                      (昭和十九年)





秋山清 詩集/白い花





雪のふる下に波がうっている。
ながいながい渚に大きな波がうっている。
漁船が雪に埋もれている。
ちいさい川があってそこだけ雪がくずれ
人がいるかとうたがわれるほど粗末な小屋がある。
おなじような景色が来てはまた過ぎる。
噴火湾は漠々として水平線が見えず
さむい藍黒の海いちめんに雪がふっている。
汽車は速力をあげてすすみ
雪ふりながら
海が夜になろうとしている。
ひた走る汽車の
二重張の硝子戸に額をおしつけてみると
空いっぱいに雪も海も暮れてゆく。
全速力の汽車も
はしりながらいっしょに暗くなってゆく。
抵抗できぬこの大きな速度のなかに
私はただ叫びごえをあげたくなった。
その叫びたいこえをこらえて
夜になるのを見つめていた。
             (昭和十六年)




秋山清 詩集/白い花

ある朝

ある朝


――昭和十一年二月二十九日

ぞろぞろと人がつづく。
ゆく人、かえる人、出あって話しあう人。
電柱にはられた告示や号外の前にあつまる数十人。
それを横目にみて通る人。
――省電は全線停止
――バスもうごかない
朝の街路のうえをうごきまわる
学生やサラリマンや絆天着やトンビや女たち。
納得できずに駅まで来て引かえしてゆく。
プラットホームは白くかわき
線路がひかっている。
屋根々々には残雪が凍りつき
雲を割ってうすい陽がさした。
街つづき一里の彼方に
バリケードがあり
銃口が対峙し
まさに火を発せんとし
このあたりひとびとは平常の服装であるいている。
ひとびとは家にかえり
ラジオで哀愁のこもった告諭(注)をきいた
また道ばたに立ってそれを聞き
ある者は涙ぐんでさえいた。
ラジオは刻々に動静を報じて
しだいに平静になりつつあるとくりかえした。
ひとびとはかえってそわそわとおちつかなかった。
いつものように出かけねばならぬと思い
ひとびとは交通がふだんにかえることを待ち望んだ。
ひとびとは何がおこり何が鎮まったかをほんとにはしらなかった。
それがなぜ起ったかもかんがえなかった。
大勢は電車がうごき出すと改札口に殺到した。

 注 天皇告諭として放送された「兵に告ぐ」

                    (昭和十一年)




秋山清 詩集/白い花

プロフィール

梅田慈将

Author:梅田慈将
ただ生きているということは、生きる、ということではない。そのままそこで死んでいるような、つまらない男です。

アナログ時計(黒)

金魚

FC2カウンター

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。