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日常茶飯

日常茶飯



たまたまそのときそこに
居合わせたというだけのことで
ひとりの人間が死ぬ
ふたりの人間が死ぬ
いや それは
ひとりやふたりだけのことでは
ないかも知れぬ

アパートの防風の破片が頭上に落ちてくる
オート三輪が歩道に乗り上げる
毎日の新聞をよくよんでごらんよ
眠っている間にガス菅からガスがもれる
横町から走り出た犬が突然かみつく
いや それは
ガスや犬くらいのことではないかもしれぬ

ひとり実直な中年の会社員が
毎朝きまった時間に家を出る
きまったように公園のかどを曲がり電車に乗り
きまった時間に会社の自分のいすに坐る
何か変わったことの起きる気配も何もない
給料が突然三倍になるなんて
そんなこと金輪際起りっこないのだ

一杯の茶をすすりながら
給料日まであと何日と胸算用をし
きまったように一枚の新聞紙をひろげる
世のなかのすべてのひとがよむように
彼もそこによむ
「たまたまそのときそこに
居合わせたというだけのことで」死んだひとのことを

他人の不幸を
いや 事件のニュースを
さまざまのニュースを
原爆をつんだ飛行機がイギリスの基地からとび立ち
四六時中とんでいるというニュースを
彼はよみ それからきょうの仕事を
きのう止めた所からきのうと同じように始めるのだ




黒田三郎/詩集「もっと高く」(一九六四年)

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紙風船

紙風船



落ちてきたら
今度は
もっと高く
もっともっと高く
何度でも
打ち上げよう
美しい
願いごとのように




黒田三郎/詩集「もっと高く」(一九六四年)

夕方の三十分

夕方の三十分



コンロから御飯をおろす
卵を割ってかきまぜる
合間にウィスキーをひと口飲む
折紙で赤い鶴を折る
ネギを切る
一畳に足りない台所につっ立ったままで
夕方の三十分

僕は腕のいいコックで
酒飲みで
オトーチャマ
小さなユリの御機嫌とりまで
いっぺんにやらなきゃならん
半日他人の家で暮したので
小さなユリはいっぺんにいろんなことを言う

「ホンヨンデェ オトーチャマ」
「コノヒモホドイテェ オトーチャマ」
「ココハサミデキッテェ オトーチャマ」
卵焼きをかえそうと
一心不乱のところに
あわててユリが駆けこんでくる
「オシッコデルノー オトーチャマ」
だんだん僕は不機嫌になってくる

化学調味料をひとさじ
フライパンをゆすり
ウィスキーをがぶりとひと口
だんだん小さなユリも不機嫌になってくる
「ハヤクココキッテヨォ オトー」
「ハヤクー」

かんしゃくもちのおやじが怒鳴る
「自分でしなさい 自分でェ」
かんしゃくもちの娘がやりかえす
「ヨッパライ グズ ジジイ」
おやじが怒って娘のお尻をたたく
小さなユリが泣く
大きな大きな声で泣く

それから
やがて
しずかで美しい時間が
やってくる
おやじは素直にやさしくなる
小さなユリも素直にやさしくなる
食卓に向い合ってふたり坐る




黒田三郎/詩集「小さなユリと」(一九六〇年)

月給取り奴

月給取り奴



僕はこの道のしずかさにたえる
小さなユリを幼稚園に送った帰り
きょうも遅れて勤めに行く道
働きに行く者はとっくに行ってしまったあとの
ひっそりとしずかな住宅地の
薄紫のあじさいの咲いている道

家々の向こうのとおい彼方から
製材工場の機械のこのきしる音がきこえてくる
三年保育の小さなユリは
自分で靴を脱ぎ上履きにかえて
もう朝の唱歌のはじまっている教室へ上って行った
その小さなうしろ姿

あさっては妻が療養所へ行く日
小心で無能な月給取りの僕は
その妻をひとり家に残し
小さなユリを幼稚園へ送り
それからきょうも遅れて勤めに行く
働きに行く者は皆とっくに行ってしまったあとの
ひっそりとしずかな道を

バス道路へ出る角で
僕は言ってやる
「ぐずで能なしの月給取り奴!」
つぶやくことで
ひそかに僕は自分自身にたえる
きょうも遅れて勤めに行く自分自身にたえる




黒田三郎 詩集/「小さなユリと」(一九六〇年)

ただ過ぎ去るために

ただ過ぎ去るために



1

給料日を過ぎて
十日もすると
貧しい給料生活者の考えのことごとくは
次の給料日に集中してゆく
カレンダーの小ぎれいな紙を乱暴にめくりとる
あと十九日 あと十八日と
それを
ただめくりさえすれば
すべてがよくなるかのように

あれからもう十年になる!
引揚船の油塗れの甲板に
はだしで立ち
あかず水平線の雲をながめながら
僕は考えたものだった
「あと二週間もすれば
子どもの頃歩いた故郷の道を
もう一度歩くことができる」と

あれからもう一年になる!
雑木林の梢が青い芽をふく頃
左の肺を半分切り取られた僕は
病院のベッドの上で考えたものだった
「あと二ヶ月もすれば
草いきれにむせかえる裏山の小道を
もう一度自由に歩くことができる」と

歳月は
ただ
過ぎ去るために
あるかのように


お前は思い出さないか
あの五分間を
五分かっきりの
最後の
面会時間
言わねばならぬことは何ひとつ言えず
ポケットに手をつっ込んでは
また手を出し
取り返しのつかなくなるのを
ただ
そのことだけを
総身に感じながら
みすみす過ぎ去るに任せた
あの五分間を
粗末な板壁のさむざむとした木理
半ば開かれた小さなガラス窓
葉のないポプラの梢
その上に美しく
無意味に浮かんでいる白い雲
すべてが
平然と
無慈悲に
落ち着きはらっているなかで
そのとき
生暖かい風のように
時間がお前のなかを流れた

3

パチンコ屋の人混みのなかから
汚れた手をして
しずかな夜の町に出るとき
その生暖かい風が僕のなかを流れる

「過ぎ去ってしまってからでないと
それが何であるかわからない何か
それが何であったかわかったときには
もはや失われてしまった何か」

いや そうではない それだけでは
ない
「それが何であるかわかっていても
みすみす過ぎ去るに任せる外はない何か」

いや そうではない それだけでは
ない
「まだ来もしないうちから
それが何であるかわかっている何か」

4

小さな不安
指先にささったバラのトゲのように小さな
小さな不安
夜遅く自分の部屋に帰って来て
お前はつぶやく
「何ひとつ変わっていない
何ひとつ」

畳の上には
朝、でがけに脱ぎ捨てたシャツが
脱ぎ捨てたままの形で
食卓の上には
朝、食べ残したパンが
食べ残したままの形で
壁には
汚れた寝衣が醜くぶら下がっている

妻と子に
晴着を着せ
ささやかな土産をもたせ
何年ぶりかで故郷へ遊びにやって
三日目

5

お前には不意に明日が見える
明後日が・・・・・・・・・
十年先が
脱ぎ捨てられたシャツの形で
食べ残されたパンの形で

お前のささやかな家はまだ建たない
お前の妻の手は荒れたまま
お前の娘の学費は乏しいまま
小さな夢は小さな夢のままで
お前のなかに

そのままの形で
醜くぶら下がっている
色あせながら
半ばくずれかけながら・・・・・・・・・・・・

6

今日も
もっともらしい顔をしてお前は
通勤電車の座席に坐り
朝の新聞をひらく
「死の灰におののく日本国民」
お前もそのひとり
「政治的暴力に支配される民衆」
お前もそのひとり

「明日のことは誰にもわかりはしない」
お前を不安と恐怖のどん底につき落す
危険のまっただなかにいて
それでもお前は
何食わぬ顔をして新聞をとじる
名も知らぬ右や左の乗客と同じように

叫び声をあげる者はひとりもいない
他人に足をふまれるか
財布をスリにすられるか
しないかぎり たれも
もっともらしい顔をして
座席に坐っている
つり皮にぶら下がっている
新聞をひらく 新聞をよむ 新聞をとじる

7

生暖かい風のように流れるもの!

閉ざされた心の空部屋のなかで
それは限りなくひろがってゆく

言わねばならぬことは何ひとつ言えず
みすみす過ぎ去るに任せた
あの五分間!

五分は一時間となり
一日となりひと月となり
一年となり
限りなくそれはひろがってゆく

みすみす過ぎ去るに任せられている
途方もなく重大な何か
何か

僕の眼に大映しになってせまってくる
汚れた寝衣
壁に醜くぶら下がっているもの
僕が脱ぎ 僕がまた身にまとうもの




黒田三郎 詩集/「渇いた心」(一九五七年)

秋の日の午後三時

秋の日の午後三時



不忍池のほとりのベンチに坐って
僕はこっそりポケットウィスキーのふたをあける
晴衣を着た小さなユリは
白い砂の上を真直ぐに駈け出してゆき
円を画いて帰ってくる

遠くであしかが頓狂な声で鳴く
「クワックワックワッ」
小さなユリが真似ながら帰つてくる
秋の日の午後三時
向岸のアヒルの群れた辺りにまばらな人影

遠くの方で微かに自動車の警笛の音
すべては遠い
遠い遠い世界のように
白い砂の上に並んだふたつの影を僕は見る
勤めを怠けた父親とその小さな娘の影を




黒田三郎 詩集/「小さなユリと」

ビヤホールで

ビヤホールで



沈黙と行動の間を
紋白ちょうのように
かるがると
美しく
僕はかつてとんだことがない

黙っておれなくなって
大声でわめく
すると何かが僕の尻尾を手荒く引き据える
黙っていれば
黙っていればよかったのだと

何をしても無駄だと
白々しく黙りこむ
すると何かが乱暴に僕の足を踏みつける
黙っている奴があるか
一歩でも二歩でも前に出ればよかったのだと

夕方のビヤホールはいっぱいのひとである
誰もが口々に勝手な熱をあげている
そのなかでひとり
ジョッキを傾ける僕の耳には
だが何ひとつことばらしいものはきこえない

たとえ僕が何かを言っても
たとえ僕が何かを言わなくても
それはここでは同じこと
見知らないひとの間で心安らかに
一杯のビールを飲む寂しいひととき

僕はただ無心にビールを飲み
都会の群集の上をとぶ
一匹の紋白ちょうを目に描く
彼女の目にうつる
はるかな花畑のひろがりを




黒田三郎 詩集/「ある日あの時」

夕焼け

夕焼け



いてはならないところにいるような
こころのやましさ
それは
いつ
どうして
僕のなかに宿ったのか
色あせた夕焼け雲のように

大都会の夕暮の電車の窓ごしに
僕はただ黙して見る
夕焼けた空
昏れ残る梢
灰色の建物の起伏

美しい影
醜いものの美しい影




黒田三郎 詩集/「小さなユリと」

現実には詩があるばかりだ。

はっきり言うと、僕は詩人という特別な人間の存在をあまり信じて
いないのかも知れない。現実には詩があるばかりだ。すぐれた詩が
あってはじめて、そのつくり手である人間に詩人の名前を冠する
ことができる。詩人と呼ばれる特別な人間が先にいて、彼のつくる
ものが詩なのではない。一生だれにも詩人と呼ばれなくても、一篇の
すぐれた私詩をかいたひとがおれば、そのひとは詩人なのだ。

黒田三郎/詩人とことば

夕暮れ

夕暮れ



夕暮れの町で
僕は見る
自分の場所からはみ出してしまった
多くのひとびとを

夕暮れのビヤホールで
彼はひとり
一杯のジョッキをまえに
斜めに坐る

彼の目が
この世の誰とも交わらないところに
彼は自分の場所をえらぶ
そうやってたかだか三十分か一時間

夕暮れのパチンコ屋で
彼はひとり
流行歌と騒音のなかで
半身になって立つ

彼の目が
鉄のタマだけ見ておればよい
ひとつの場所を彼はえらぶ
そうやってたかだか三十分か一時間

人生の夕暮れが
その日の夕暮れと
かさなる
ほんのひととき

自分の場所からはみ出してしまった
ひとびとが
そこでようやく
彼の場所を見つけだす




黒田三郎 詩集/「ある日ある時」

プロフィール

梅田慈将

Author:梅田慈将
ただ生きているということは、生きる、ということではない。そのままそこで死んでいるような、つまらない男です。

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